「ん?」 いそいで立ち上がると、くすくす、と笑い声。なんやその笑い方。わらうんやったらもっと豪快に笑えや、といいたくなるようなか細い声。その主を探してあたりを見回した。一階には、誰も、いない。二階か。と思って顔をあげる。するとその瞬間、いままでとはくらべものにならないほどの突風が吹きあげた。 桜が、舞いあがって、咄嗟に目をつぶった俺が次に見たのは、四角い窓をフレームにして、桜吹雪の中できれいに笑う女、だった。真黒の長い髪が風に靡く。きれいすぎて写真みたいだ。一瞬、見惚れて。目があってしまって、慌ててそらす。 そして視線を元に戻した時には、もうその女はいなくなってしまっていた。 あれから一週間。校内を歩く時になんとなくあの女の姿を探したけれど一向にその姿は見つからなかった。同じクラス、謙也と白石のクラス、両隣。あと選択授業で一緒になる奴ら。そのどれにもその女はいない。今日も見かけなかった。小春とテニスとお笑い以外のことをこんなに真剣に考えるのなんて始めてや。 あと探していないのはどこやったっけ、と、退屈な授業の間に考える。今は数学。小春とは別のクラス。(これも絶対あのセンセ―のいやがらせや)そういえばあの女がいた教室ってなんやろ。この教室をでて、中庭へ出る。あの女のいたとこの下は――廊下。あれ、じゃあ上も廊下か。けど確か三階のあそこは図書室や。図書室の真下、ってなんや? そこまで考えたところでチャイムがなった。いつもはチャイムが鳴るまでを時計とにらめっこしてるはずなのに。俺は急いで机の上を片づけて、小春のところへ向かった。 「図書室の真下?」 「そうや」 昼はテニス部の連中で集まって食べる。俺は小春と光に挟まれて座っていた。小春は手作りの弁当(めっちゃうまそうや)を食べている。んー、と考える姿もかわええで! 声に出ていたらしく光につっこまれた。光は購買のパンを食ってる。 「うちもいったことあらへんなあ。それに二階やろ? 二年の階やん」 「光、お前知らんの?」 「俺もいったことないんすよ。あそこ、プレートもかかってへんし」 「そうかあ……。あ、千歳はどうや?」 「んー、俺、図書室がどこかわからんけん」 「あー、あの、中庭の見えるとこや。三階の。で、その真下や」 「わからんー」 「じゃ、白石と謙也は?」 「俺はないなあ。白石は?」 「あんま気にしたことないしな。俺もないわ」 「金ちゃんは……」 「わいもないでー」 「師範は?」 「あらへんなあ」 「さよか……」 「……ユウジ、俺には聞かんの?」 「んあ? あ、ケン坊。しっとるん?」 「図書室の真下で、二階のプレートのかかってへん部屋やろ?」 「おお」 「俺はいったことあらへんけど、そこにいったことのある奴なら知ってるで」 「ほー」 「せやから、気になるんやったら聞いとくわ」 「おおきに」 話はそこまでだった。俺と小春は次のライブへ向けてネタの練習があるから、早めに切り上げることにした。そういえばあの女は俺らのライブ見に来たことあるんやろか。 ひととおり練習が終わって、授業が始まるまで後三分。授業の支度をしていた俺に小春が訪ねてきた。小春からの質問やったらなんでも答えたる! 「なあユウくん」 「なんや?」 「なんでそんなにあの教室のこと知りたがるん?」 「あ、この間な、俺中庭ではしっとったらこけてもうて、そしたらそんときにその教室から見てた女がくすくす笑ってん。そんなしょぼい笑い方せんと、もっと豪快に笑えやーゆいたくてなあ」 「女? どんな子やったん?」 「黒い長い髪の女や。顔ならわかるでえ。もうあの日から目に焼き付いて離れんねん!」 「ユウくん……」 小春が驚いたような顔をした。その直後に拍手をしながら、「おめでとう、ユウくん!」という。わけがわからず戸惑っている俺に小春が言った。「ユウくん、その女の子に恋したんや!」と。 はあああああっ!? 言い返そうとしたら先生がきてしまった。恋って、え、どうゆうこっちゃ。勝手にあの女の顔が頭に浮かんだ。顔が熱くなる。先生に言われて焦った。 授業中にあれやこれやと考えて、パニックになった俺が小春に泣きつくまで、あと49分。 まるで一枚の写真のような |