叫ぶ千歳 学校を歩くときにあのつややかな黒髪を探すのが癖になった。今日も例外ではなく、自分の教室にむかうその道のりで目を見張らせる。と、俺達よりも頭ひとつぶん大きいその姿が目にはいった。この時間帯にいるのはめずらしい。駆け寄ると、俺が声をかけるより先に彼は振り返った。

「千歳」
「おお白石。どうしたと?」
「いや、何も。今日は授業でるん?」
「あー、まあ、そのつもりったい」

 ちょっと視線が泳いだところをみると、どうやらサボる気だったらしい。ちゃんと出ろよ、と釘を刺す。
 そのまま話を続けていたら、千歳がなにかに気付いたように視線を上げた。次いで、手を挙げてぶんぶんとふる。その視線をたどる、と、そこにはさんがいた。
 ぱちっと視線が合って会釈される。反射で俺もすこしだけ頭を下げた。

「ちと、せ。今の子のこと知ってるん?」
「ん、ああ。さん? 知っとおよ」
「そうか」

 胸に芽生えるのはもやもやとした気持ち。彼女が俺に気付いてくれたことだけを喜べばいいものを。そんな俺の表情に気付いたのか、千歳は「ただのともだち、たい」と言ってくれた。

「白石、さんのことしっとっとや?」
「ああ、保険委員で一緒やからな」
「ほあー」
「……ただ、話したこともないんやけどな」
「なら、話す?」

 え? と思い顔をあげる。千歳の顔は大分高い位置にあって首がつらかった。目が合うと千歳はにいっと笑う。そうして大声で「さああん!!」と叫んだ。
「ちょ、千歳! なにしてるん!」

 一気にみんなの視線が集まって焦った。そして千歳の声が聞こえたのか、さんが教室から顔を出す。それをみて千歳がおいでおいで、と手招きをした。

「あ、ほら白石、さ」
「あああ、じゃ、じゃあ千歳、部活には来るんやで!」

 近づいてくるさん。こっちにくる! と思っただけで心臓がものすごくはやく動きだした。そして耐えられなくなった俺は、ダッシュで自分の教室に駆け込む。(要するに、逃げた、わけだ)そのすぐ横をさんが通り過ぎて、SALAの香りがふわり、と俺を包んだ。

「千歳くん、どうしたの?」
「あー、さっきまでさんと話したがってるやつがおったけん」
「あ、もしかしてさっき一緒にいた?」
「そうそう」
「確か二組の白石くんだよねえ」
「そうたい」
「委員会で一緒なんだ。あの包帯めだつから覚えてる」
「あー」

 さんが、俺のことを知っている。それは俺にとってはとてもうれしいことだった。
 顔がどうしようもなく熱い。チャイムが鳴るぎりぎりに教室に入ってきた謙也に「熱でもあるん?」と聞かれてしまった。
蔓菜
 (あなたに見られるとぞっとする)