バカップルならぬあほかっぷる 「ちょっと待ってってば!」
 人の多い駅。ただでさえはぐれてしまいそうなのに、ユウジがさかさかと歩いて行ってしまっているせいで、もう何回かあの後ろ姿を見失ったりしていた。大分向こうにあの頭を見つけたわたしは小走りでそこまで向かう。途中で2回ほど人にぶつかった。ほんとに今日は人多いなあ。ユウジのところへつくと、彼は不機嫌そうな顔をしてわたしを待ってくれていた。
 ユウジ、と声を掛ける前に歩きだしてしまう。ひとの流れは相変わらずはやくて、わたしは今度こそはぐれないようにとユウジの右手をつかんだ。

「……離せや」
「え、いいじゃん。人多いし」
「嫌や」
「いーいーじゃーん」
「いーやーや。あほっぽい」

 ぺしっと手を払われて、ふてくされているうちにユウジはどんどん進んで行ってしまう。今度は見失わないようにすぐうしろについていった。
 今日外出しようといってきたのはユウジのほうからだった。たいていデートのときは、あたしから連絡するかユウジから「家にこい」と電話がくるかだから、こうしておでかけすることはめずらしい。行き先はちょっと遠めの街。ここから電車で十分ほどだ。

 やっとのことで電車にのったけれど電車の中もひとでいっぱいだった。その人の多さにびっくり。なんとか乗り込んで、そのすぐうしろで扉がとじた。背中を扉に預ける。ユウジはわたしと向かい合って扉に手をついていた。

「なんでこんな人多いん」
「まあ休みの日だしねー」

 カーブにさしかかって、電車ががたん、とゆれた。ひとがわたしのほうに倒れかかってきて、ユウジが「うおっ」と悲鳴を上げてわたしにぶつかる。ぎゅうぎゅう押されてくるしい。何とか体制を立て直したユウジだけど、ちょうどそこで次の駅についてしまって反対側からさらに人がはいってきた。そしてさっきよりもさらに密着した状態のまま電車は走り出す。ものすごい至近距離にユウジの顔があった。近いなあ、なんてぼんやり考えていたら、目を開けたまま急にユウジがキスしてきた。
 絶対いま何人かに目撃された。だって不自然にわたしたちから視線をはずしたひといるし。ユウジ、と声をかけようとしたけれど、ユウジの肩に顔を押さえつけられてできなくなってしまった。そのまま三分、私たちのおりる駅について、今度は私の後ろの扉が開く。ひとに押されて、転びそうになりながらも外に出た。ふう、と一息つく。顔をあげれば、顔を真赤にしたユウジがいた。

「ユウジー」
「……」
「さっきの」
「もういうな」
「……うちら完璧にバカップルじゃん」
「うるさいわ」
「でもしてきたのはユウジだよ」
「……なら、もうとことんあほっぽくいこか」

 そういって、ユウジはわたしの右手をとって歩き出した。


「ちょっと待ってってば!」