犬っぽい謙也  クラス全体が、授業中だって言うのにざわざわしている。それは、この時間がテスト返却だから。そしてそのテストが、今回のテストの中でも一番難しかった世界史だからだ。
 いつもも結構難しいんだけど、今回は特別に難しかった。なにより範囲が広かったし、ひっかけ問題もたくさんでた。(ってゆうか、この学校の先生はひっかけ問題大好き。特にオサムちゃんとか)そんな中、あたしは隣の席でいつもなら落ち込んでいるはずの忍足に目をやった。本当に世界史のテスト後の忍足は悲惨だ。一応赤点は免れてはいるんだけど。テスト中だって、いつもはスピード命! で即効で終わらせている忍足が時間ぎりぎりまで頭を抱えて唸っている。(というのを知っているのは、あたしがテスト時は忍足の後ろの席になるからだ)
 それがどうしたことか。忍足はかつてないほどの笑顔で横に佇んで、テストが返却されるのを待っているではないか。
 あたしがどうしたの、と聞くより先に忍足が呼ばれて。テストをとりにいった忍足はなにやら先生に褒められていた。そしてスピードスターの名前のごとく、ものすごいスピードであたしのところまで走ってきてテストを見せつけてくる。

「どや! よくできとるやろ!? なあ褒めて褒めて褒めてー!!!」
「ちょ、忍足近すぎて見えない」
「あ、また忍足ゆうた! 今回点数よかったら名前で呼ぶっていったやろ!」
「あたしより、ね。それより近いって。ほらテスト用紙かして」

 そう。いつも点数が悪い忍足に、その賭けを持ちかけたのは、あたしでもなく忍足でもなく、なぜか白石だった。テスト前だから、と言って自習になった時、ぐだぐだと文句をたれる忍足に耐えかねて、白石がその賭けをこっそりと忍足に耳打ちしたのだ。白石の言葉はよく効いたらしく、その後の忍足のがんばりようはすさまじかった。
 実はその内容を教えてもらったのはその自習時間が終わってから。なんであたしに名前で呼ばれて喜ぶのかは知らないが(そしてなぜそれを白石が知っているのもわからない)、あのがんばりを見ていたら断るに断れなくて。まあ名前で呼ぶくらいなら、と承諾したのだった。

ー、テスト、ここおいとくで」
「あ、ごめん、ありがと」

 どうやらあたしと忍足がぎゃあぎゃあやっている間にあたしのテストは配られてしまったらしい。とりあえず机に置かれたそれを手にとって、それからようやく忍足がテストを渡してきてくれたので、そっちを先に見る。ものすごい自信満々に、しかも腰に手を当てて踏ん反り返しながら渡されたそれを見る。確かに○がいっぱいだ。

「えっと点数は……81!?」
「すごいやろー!!」
「えっ、嘘これほんとに忍足の!?」
「当たり前や! それに、忍足やのうて謙也や! けーんーやー!!」
「でもあたしの点数確認してからだって」
「勝ったにきまってるやろ!」
「それにしても凄い……わけでもなかったかも」
「はあ!?」

 凄い、と言おうとしたけれどそれより自分のテストの点を見て驚いた。ああ、そういえば確か、忍足につきあって勉強したような……?
 無言で忍足にテストを渡す。さっきまで嬉しそうに輝いていた顔が、あたしのテストを見るなり一気に青ざめた。(そこまでスピードか)

「きゅ、98点んんん!?」
「あたしも驚いたわー」
「え、じゃ、賭け……」
「あたしの勝ち、だねえ……」
「えええ!!」


(おまけ)
(嘘や……俺のがんばりは一体……)
(でも、すごいじゃん。クラスで4番目にいいし)
(4番て微妙やん……。しかも1番お前やんけ……)
(元気だしなって。褒めてあげるから)
(そんなん……)
(えらいえらい、よくがんばったね。……謙也)
(えっ)
(さあ次の授業だー)
(ちょっ、待ちや! 今のもう一回、もう一回ゆって!!)



「凄い……わけでもなかったかも」