なにもいわせない、よ あたりはもう真っ暗で、肌にあたる風はすこし冷たかった。なるべく風があたらないようなところでくっつきあって暖めあう。次会う時は、もう寒くなっているんだろうか。

 大阪と東京、という中学生には結構きつい距離での恋愛は意外なことにもう半年ほど続いている。どうやって出会ったか、というのは、一重に同じクラスの橘のおかげだった。
 二年の時に転校してきた橘と始めて仲よくなった女子はあたしで、そこからどうやってかは忘れてしまったけど横に立つ大男、千歳と出会って、今こうやって手をつないでいるところまで至る。

 まめに連絡をくれるひとではない。けれど、旅好きな彼は頻繁にあたしに会いに来てくれる。大抵は休日で、始発できて、一日中一緒にいて終電で帰る。それが最近では当たり前になってきた。
 今日は二人で橘に会いに行って、千歳と橘と杏ちゃんとあたしで四人で遊んだ。暗くなってきたらその辺にあったご飯屋さんで夕ご飯を食べて、近くを散歩。そして一時間前ほどに駅についた。

 本当はもう一本前の電車も乗れたんだけど、千歳はそれに乗らなかった。し、あたしも人目を憚らずに抱きついてくる千歳に帰れとは言えなくて、今、誰もいない駅のホームにいる。
 どこかにいこうかとも思ったんだけど、改札からでなくちゃいけないし、大人しく待っていることにした。手をつないでとりとめもないはなしをしながら、時計の針が進んでいくのをどこかもやもやした気持ちで見つめていた。

「今日は時間の経つんが早かねー」
「ね。あっという間」

 「」と名前を呼ばれて、千歳の顔を見る。なに、と言う前に目を手で覆われた。千歳の手は、あったかくてごつごつしてて大きくて、びっくりして目をぱちぱちさせているとまつ毛が当たっていたらしく、「こそばゆいー」と言われた。

「もー、なに」
「んー、あんまり時計ばっかり見てるけん」
「嫉妬?」
「かもしれん」

 千歳の言葉の最後のほうにかぶさってアナウンスが聞こえてきた。ああ、もう電車が来ちゃう。目を覆っていた手が離されて、千歳と目が合う。ふっと千歳が笑って、あたしの頭を撫でた。がたんごとん、と遠くから聞こえてくる電車の音。手が止まって、そのまま顔を引き寄せてキスをする。

 千歳とはあんまりキスをしない。しても一瞬触れるだけ。人のいない道とか、エレベーターの中とか、時々思いついたようにしてくるからいつも驚く。それでもこの終電間際にするキスだけは特別だった。
 電車の音が近くなると、千歳は力いっぱいあたしを抱きしめた。まだくちびるは離れない。髪の毛の中に指が入ってきて、あたしの頭を固定する。電車が到着して、扉の開く音がした。

 扉が閉まります、とアナウンスが聞こえてようやくわたしたちは離れる。からん、からん、と音が響いて千歳は電車の中へ吸い込まれていった。
 毎回、こう。千歳を収納した電車は、お別れの言葉を言う時間をくれない。あたしは「またね」も「ばいばい」も言えないまま、閉まった扉越しにさみしげに笑う千歳を見ていた。

 電車はうるさい音を立てて千歳を連れ去って、行った。


「連れて行って」も言えない