そう言えば宿題のワークを教室に忘れた、と着替えの最中に思い出して、着替え終わってから教室にとりに行くことにした。まだ空はほんのりと明るい。誰もいない、物も少ない状態の学校を早足で歩く。きゅっきゅっきゅっ、と靴の音がやけに大きく響いた。 誰もいないだろう、と思い教室のドアを開けて驚いた、のは、俺よりも相手の方だった、と思う。そいつは同じクラスで、クラスで一番家庭科の成績がいいやつ(テストを返される時にわかった)で、俺とはあんまり話したことのない奴だ。驚いて咄嗟にあげたんだろうと思われる顔は、目が真っ赤で今まで泣いていました、というような感じだった。気まずい雰囲気の中、目的を果たそうと俺の席へ近づいた。はなにも言わない。 ワークはすぐに見つかった。だから、これ以上俺がここにいる理由なんてない。自称スピードスターの先輩と部長だったらきっとここで声をかけるんだろう。きっと優しく声をかけて、そんで慰めて、もしかしたらそこから恋が始まって、なんて。俺はそんなことはできない。もし声をかけても、冷たいことをいってこいつをさらに傷つけるだけ。だからさっさと立ち去ろうとした、のに。 気がついたら手が、勝手にの顔に触れていた。驚いた顔のをみて、そういえばこいつの作ったぜんざいはものすごい旨かった、と思いだす。 「え、……財前、くん?」 「……他に誰がおるん」 「ん……」 「どうしたん」 「え?」 「何で泣いてるん」 「え、と」 「……失恋でもしたんか」 「……っ」 ああ、やっぱり傷つけてしまった。 なんとなくだけれど、が隣のクラスの男を好きなことは知っていた。だって毎日友達とその話ばっかりしてるから。でもそいつには彼女がいた。それでなきゃ、こいつがふられるわけがない。ああもう、これじゃ俺がのことを好きみたいだ。 「当たりやな」 「……うん」 ぐす、とが鼻をすする。手に持っているタオルはきれいなピンク色だった。なんでこいつ泣いてるん、と腹が立つ。なんで、俺じゃない男のためなんかに。 「……悔しくないわけ、ないと思わん?」 「……え?」 「好きな女が他の男のためなんかに泣いてて」 ぽかんとした顔になった。あ、もう後戻りできへん。なんで今このタイミングで気付いたんだ。実は結構前から、俺がこいつを好きだったことを。 ぼけっとしているを後目に俺は話を続けた。顔があっつい。こんな蒸し暑いところで泣いてたんか、とすこしのことが心配になった。 「しかも俺今日誕生日やし」 「あ、そう、なん?」 「そうや。なのに、忘れ物はするわそのおかげで好きな女が失恋して泣いてるところ見てまうわで」 「う、その、ごめん」 「別に謝れとは言うてへんやろ」 「……うん」 「せやから、これ、利用させてもらうわ」 「え?」 「お前、どうせ夏休み中ずっとあいつんこと考えてめそめそしとんやろ。そんなんしてるくらいやったら、ぜんざいでも作ってテニス部に見学に来たらええんとちゃう?」 しばらく黙っていたは、「そうだね」といってすこしだけ笑った。つられて俺も少しだけ笑って、「送る」と言っての手を引っ張って立たせた。そうしたらは腫れた目を細めて、「うん」と言って笑った。 |